2026年夏、J-REIT市場を取り巻く金利環境が、再び大きく変わろうとしています。
6月に日銀が政策金利を1.0%まで引き上げた後、当ラボでは「さすがに次の利上げまではしばらく間が空くのではないか」と考えていました。
金利上昇がいったん落ち着くのであれば、その間にオフィス賃料などの上昇が金融コスト増を吸収する余地もあります。
分配金利回りも比較的高い。
そうであれば、少なくとも年内くらいはJ-REITを保有するという選択肢も考えられるのではないか。
そんなことを考えていました。
ところが7月末から、状況が急変します。
日米による異例の円買い協調介入が行われ、その後は米ベッセント財務長官から日本の金融政策に踏み込むような発言も聞かれるようになりました。
そして現在では、
「日銀は9月にも追加利上げに踏み切るのではないか」
との観測が急速に強まっています。
さらに問題なのは、9月の1回だけではありません。
その後も従来より速いペースで利上げが続き、政策金利が1%台後半へ向かう可能性まで市場では意識され始めています。
今回は、なぜ突然このような状況になったのか。
米国にはどのような事情があるのか。
そしてJ-REITには何が起こり得るのか。
現時点で確認できる資料をもとに整理してみます。
ほんの少し前まで「9月までは据え置き」が圧倒的多数だった
まず確認しておきたいのは、
「日銀はしばらく利上げしないのではないか」という見方は、当ラボだけのものではなかった
ということです。
Reutersが2026年7月13~21日に実施したエコノミスト調査では、87人中83人、実に95%が7~9月期の政策金利据え置きを予想していました。
一方、年末までに1.25%へ利上げすると予想した人は86%。
つまり市場の中心シナリオは、
追加利上げそのものはありそうだが、少なくとも9月までは様子を見て、次は10月か12月ではないか
というものでした。
具体的な利上げ月を回答した51人では、
- 12月:53%
- 10月:35%
- 2027年1月以降:8%
となっています。
したがって、7月下旬の段階では、
「9月利上げ」は決して市場の中心シナリオではありませんでした。
むしろ「6月に上げたばかりなので、次までは少し時間がある」という見方が圧倒的多数だったと言ってよさそうです。
ところが7月末から空気が一変した
その状況を変えた大きな出来事の一つが、7月末の円買い介入です。
円相場は一時1ドル=160円台前半まで下落し、日本政府は円買い・ドル売り介入に踏み切りました。
そして今回は、米国もその後の円買いに参加しました。
Reutersの取材によれば、7月30日に日本側が介入を開始し、翌31日には米財務省も円買いに加わりました。
米国による為替市場への介入自体が2011年以来であり、円買い介入としては1998年以来という極めて異例の動きです。
しかも、ベッセント米財務長官の手元には、
「日本円を50~100億ドル買う」
という趣旨のメモがあったことまでReutersの写真で確認されています。
単に日本政府の介入を米国が黙認したというより、
米政府自身が円安是正に動いた
という点が重要でしょう。
米財務省は日銀の利上げを明確に求めている
さらに協調介入以前から、米政府は日本の金融政策についてかなり踏み込んだ姿勢を示していました。
2026年7月に公表された米財務省の為替報告書では、円の大幅な下落について「実質的な過小評価」と指摘。
そのうえで、
日銀による金融政策の正常化は、インフレ期待を安定させ、過度な為替変動を抑えることにつながる
との考えを示しています。
Reutersもこの報告書を、
米財務省が日銀にさらなる利上げを求めた
と報じました。
つまり、
米国から見ても、現在の日米金利差と円安は望ましい状態ではない
ということなのでしょう。
協調介入だけでは円安を止められない
為替介入は、短期的には大きな効果を持つ場合があります。
しかし、金利差などのファンダメンタルズが変化しなければ、その効果が長く続くとは限りません。
実際、7月31日~8月5日にReutersが外国為替ストラテジスト約60人へ行った調査では、約95%が、
為替介入だけでは持続的に円安を止めることは難しい
と回答しました。
そして、そのほぼ全員が円安を持続的に反転させるには日銀の利上げが必要と回答しています。
ベッセント財務長官も協調介入後、介入だけではなく政策やファンダメンタルズの変化が必要との考えを示しました。
この発言は市場で、
「米国は日銀に追加利上げを期待している」
と受け止められました。
Reutersは8月5日、
「ベッセント氏からの後押しによって9月利上げの可能性が高まった」
との分析を掲載しています。
もちろん、日銀は法律上独立した中央銀行です。
米財務長官が「上げろ」と言ったから利上げするわけではありません。
ただ、日本政府にとって円安は輸入価格や生活コストの上昇につながる大きな問題となっており、米政府も円安修正を望んでいる。
そこに日銀自身のインフレ警戒が重なっています。
この環境が、9月利上げを以前より実行しやすくしている可能性はありそうです。
日銀自身もインフレへの警戒を強めている
もちろん、9月利上げ観測を米国の圧力だけで説明することはできません。
日銀自身も、物価上昇リスクへの警戒を強めています。
7月31日の植田総裁会見では、インフレ上振れリスクへの言及が増え、金融環境が緩すぎると判断すれば利上げペースを速める可能性も否定しませんでした。
高田創審議委員は、この会合ですでに1.25%への利上げを主張しています。
さらに8月20日に公表された7月の全国消費者物価指数では、生鮮食品を除くコアCPIが前年同月比**+1.8%**となり、6月の+1.6%から伸びが加速しました。
生鮮食品とエネルギーを除く指数も+1.9%。
企業物価も高い伸びを続けています。
こうした状況を受け、Reutersは8月14日、日銀が9月17~18日の金融政策決定会合で1.25%への利上げを検討していると報じました。
しかも、その後の利上げペースについても、従来のおおむね半年に1度から速める可能性があるとしています。
7月下旬には95%が9月まで据え置きを予想していたものが、わずか数週間でここまで変わったわけです。
本当に怖いのは「9月の0.25%」ではない
J-REIT投資家として考えたいのは、ここからです。
仮に9月に、
政策金利1.00% → 1.25%
となるだけなら、それ自体がJ-REITを致命的に悪化させるとは考えにくいでしょう。
問題は、その後です。
Reutersは8月21日、日銀の利上げ到達点について、市場では従来想定されていた1.5%程度ではなく、
1.75~2.0%
程度まで意識され始めていると報じています。
もちろん、これは日銀が「2%まで利上げする」と宣言したわけではありません。
市場参加者の予想にすぎず、経済や物価が変化すれば当然シナリオも変わります。
しかし、
1.00%
↓
1.25%
↓
1.50%
↓
1.75%
と比較的短期間に利上げが進む可能性まで考えなければならなくなったことは、J-REITにとってかなり大きな変化です。

東証REIT指数も「前提変更」に反応したのか
東証REIT指数の値動きを見ると、興味深い動きがあります。

7月29日の終値は1,912.57ポイント。
ところが、
- 7月30日:1,891.55
- 7月31日:1,851.77
- 8月3日:1,818.71
まで急落しました。
7月29日から8月3日までで約5%の下落です。
この下落をすべて日銀の利上げ観測だけで説明することはできません。
市場には為替、長期金利、株式市場全体、地政学リスクなど様々な要因があります。
ただ、
7月下旬までは「9月までは据え置き」が圧倒的多数だった
↓
協調介入
↓
ベッセント財務長官の発言
↓
日銀のタカ派化
↓
9月利上げ観測の急浮上
という時系列と、J-REIT市場の下落が重なっていることは事実です。
したがって、
J-REIT市場が織り込んでいた「利上げはいったん一服する」という前提が崩れたことも、下落要因の一つだったのではないか
と推測することはできそうです。
J-REITそのものの収益力が数日で突然悪化したというより、
市場が置いていた金利シナリオが変更された
と考える方が分かりやすいかもしれません。
ただし、米国にも事情がある
ここまでを見ると、
「米国は円高にしたいのだから、日本にはどんどん利上げしてほしいのではないか」
と思いたくなります。
しかし、それほど単純でもなさそうです。
Reutersが8月3日に報じた日米協調介入の舞台裏の記事では、米政府にとって円安は関税政策による米国の貿易競争力改善効果を弱める一方、
日本国債の売りが米国債利回りへ波及する可能性もある
と指摘しています。
日本の長期金利が急騰すれば、日本国債市場が不安定になる可能性があります。
さらに、日本の投資家は世界でも有数の海外資産保有者です。
米財務省の為替報告書によれば、2025年の日本からの海外証券投資の84%が米国向けでした。
つまり、日本の金融機関や機関投資家は米国の金融市場にとって非常に大きな存在です。
日本への「資金還流」はすでに市場のテーマになっている
日本の金利が上昇すると、
為替リスクを取って海外債券へ投資するより、日本国債を買った方がよいのではないか
という投資判断が増える可能性があります。
これは机上の空論だけでもないようです。
財務省が2026年7月に公表した「JGB Monthly Newsletter」では、6月に欧州で実施した海外投資家向けIRにおいて、
日本の金利上昇に伴う日本への資金還流
について投資家から質問が出たことが紹介されています。
つまり、
日本金利上昇
↓
日本国債の投資妙味上昇
↓
日本資金の国内回帰
↓
海外債券需要の低下
という流れは、すでに世界の債券投資家が意識しているテーマです。
ただし、
「日本の金利が上がれば必ず米国債が売られる」
と断定することはできません。
為替ヘッジコスト、日米の金利差、各金融機関のALM、規制、資本政策など多くの要因があるためです。
あくまで、一つのリスク経路として意識されていると見るのが適切でしょう。
米財務省は長期金利上昇にも動き始めた
そして8月19日、もう一つ注目すべき動きがありました。
米財務省は10~30年の長期国債について、1回あたりの買い戻し規模を従来の20億ドルから少なくとも40億ドルへ倍増すると発表しました。
背景には米国債市場の売り圧力があり、30年債利回りは一時**5.34%**と2007年以来の水準まで上昇していました。
ここは誤解しないよう注意が必要です。
米財務省の国債バイバック制度自体は以前から存在しています。
したがって、
「米国がQEを始めた」
という話ではありません。
今回の措置も、公式には長期国債市場の流動性改善を目的としたものです。
ただ、通常の四半期資金調達計画とは別に規模拡大が発表されたことから、市場では米財務省が長期金利上昇を強く意識している証拠の一つと受け止められました。
米国は「円安」も「長期金利上昇」も困る?
ここまで整理すると、米国側の事情が少し見えてきます。
米政府にとって、
円安・ドル高
は貿易面で必ずしも歓迎できない。
日銀が金融正常化を進めれば、
日米金利差縮小
↓
円安圧力低下
につながる可能性があります。
この意味では、日銀の追加利上げは米政府にとって歓迎しやすいでしょう。
一方、
日本の長期金利急騰
↓
日本国債市場の不安定化
↓
日本資金の国内回帰
↓
米国債市場への波及
という展開も米国としては避けたいはずです。
実際Reutersは、協調介入に至った米政府側の事情として、日本国債売りが米国債利回りへ波及するリスクを挙げています。
したがって、
米国は日本に金利を上げてほしいが、上げれば上げるほどよい
という単純な話ではなさそうです。
ある程度の金融正常化で円安を修正しつつ、日米双方の長期債市場は安定させたい。
もしそうだとすれば、かなり難しい政策運営です。
もちろん、日米両政府がこうしたシナリオをすべて共有し、裏で一つの政策として動かしているという証拠はありません。
そこまで言えば推測が行き過ぎます。
ただ、
日米双方が「為替」と「長期金利」をこれまで以上に強く意識し始めている
というところまでは、最近の動きから読み取ることができそうです。
そして日本の10年国債利回りは3%目前
日本の長期金利も、すでにかなり高い水準にあります。
8月18日には10年国債利回りが一時**2.945%**まで上昇し、約30年ぶりの高水準となりました。
政策金利だけを見ると1.0%ですが、J-REITにとって重要なのは政策金利だけではありません。
REIT各社が実際に資金を調達する際には、
- 短期金利
- 長期国債利回り
- スワップ金利
- 金融機関の貸出スプレッド
- 投資法人債利回り
などが影響します。
つまり、
「日銀があと0.25%上げるか」だけを見ても十分ではありません。
むしろ重要なのは、金利体系全体がどこまで上へ移動するかです。
J-REITで最初に注意したいのは「変動金利」
最近のJ-REIT決算を見ていると、一部の銘柄では変動金利を利用する動きがあります。
これは必ずしも危険な経営という意味ではありません。
長期固定金利がすでに高いのであれば、
今この高い金利で5年、7年と固定するより、しばらく変動金利で凌いだ方がよい
という判断には合理性があります。
特に、
「利上げはそろそろ一服する」
という前提なら、有効な戦略です。
しかし、その前提が崩れ、
1.00%
↓
1.25%
↓
1.50%
↓
1.75%
と比較的短期間に政策金利が上昇すれば状況は変わります。
変動金利部分には、短期金利上昇の影響が比較的早く反映されるからです。
金利上昇を避けようとして変動金利を選んだところへ、想定以上の追加利上げがやってくる。
銘柄によっては、まさに泣きっ面に蜂となる可能性があります。
では固定金利比率が高ければ安心なのか
これも単純ではありません。
例えば、
固定金利比率95%
という数字を見ると非常に安全に見えます。
しかし、平均残存期間が短く、今後2~3年間に大量の借換えが予定されていれば、
今は影響を受けない
↓
借換え時に高い金利へ切り替わる
↓
金融コストが徐々に増加する
というだけです。
したがって今後は、
固定金利比率
だけではなく、
平均調達金利
平均残存期間
借換期限の分散
変動金利比率
LTV
をセットで見る必要があります。
本当の勝負は「NOI成長率」と「金融コスト上昇率」
ただし、
金利上昇=J-REIT全面悪化
と考えるのも極端です。
例えばオフィスでは賃料増額が進んでいる銘柄があります。
ホテルでは宿泊単価上昇によってNOIが伸びているところもあります。
住宅でも入替時の賃料増額が続いています。
不動産本業から得られる利益が十分に成長すれば、多少の金融コスト増加は吸収できます。
重要なのは、
NOIの成長速度と、金融コストの上昇速度のどちらが速いか
です。
NOIが3%増えて金融コストが1%増えるのであれば、まだ余裕があります。
しかし、
NOIは1%しか増えない
↓
支払利息は10%、20%と増える
となれば、DPUへの影響を避けるのは難しくなります。
これからの決算では、
「賃料が上がったか」
だけではなく、
「その利益増加で金利上昇を吸収できているか」
を見ることがますます重要になりそうです。
金利上昇は「外部成長」にも効いてくる
さらに厄介なのは、金利上昇が既存資産の支払利息だけでなく、新規物件取得にも影響することです。
例えば物件のNOI利回りが4%程度なのに、借入金利が2%近くまで上昇すれば、レバレッジを使って物件を取得するメリットはかなり小さくなります。
加えて、
- 不動産価格はまだ高い
- 借入金利も高い
- NAV倍率が低く増資もしにくい
となれば、
「買えない・借りにくい・増資しにくい」
という状態になります。
これはJ-REITにとって、
現在のDPUだけではなく、将来のDPU成長力まで弱める
可能性があります。
これから見るべきは「金利耐性」
今後のJ-REIT分析では、分配金利回りだけを見るのはかなり危険だと思います。
少なくとも、
- 総資産LTV
- 固定金利比率
- 変動金利比率
- 平均調達金利
- 平均残存期間
- 借換期限の分散
- NOI成長率
- 巡航EPU
- 内部留保への依存度
- NAV倍率
あたりをセットで確認したいところです。
さらに今後は、
政策金利1.25%
政策金利1.50%
政策金利1.75%
という複数のケースを想定し、
このREITはどのくらいDPUへの影響を受けるのか
という簡易的な金利ストレステストも有効になってくるでしょう。
まとめ――「9月に上げるか」より、その先を考える
今回の9月利上げ観測で最も重要なのは、
9月に本当に利上げするかどうか
だけではないと考えています。
7月下旬の段階では、市場参加者の圧倒的多数が9月までは据え置くと考えていました。
ところが、日米協調介入を境に状況は急変。
ベッセント財務長官の発言、日銀自身のインフレ警戒、円安による輸入価格上昇などが重なり、9月利上げが現実的な選択肢となってきました。
そして現在は、その先の1.5%、1.75%、場合によっては2%という政策金利まで議論されています。
だからこそJ-REIT投資家が考えなければならないのは、
「9月に0.25%上がるか」
ではなく、
「どこまで、どのくらいの速さで金利が上がるのか」
なのでしょう。
東証REIT指数は、7月末以降大きく下落しました。
これは「利上げ一服」を前提にしていた市場が、その前提を見直した結果の一つだった可能性があります。
一方で、すべてのJ-REITが同じだけ苦しくなるわけでもありません。
賃料を上げられるREIT。
LTVが低いREIT。
固定期間が長いREIT。
借換期限が分散されているREIT。
金融コスト増加以上にNOIを成長させられるREIT。
これからは、そうした金利上昇への耐性の差が、これまで以上に重要になるのではないでしょうか。
「分配金利回りが高いから割安」
だけではなく、
その分配金が、さらに金利が上がっても維持できるのか。
J-REITを見る目線も、もう一段変える必要がありそうです。
参考資料
- Reuters(2026年7月23日)
BOJ to raise rates again by December as weak yen revives inflation risks: Reuters poll
7~9月期の据え置き予想が95%だったことなどを参照。 - 米財務省(2026年7月)
Macroeconomic and Foreign Exchange Policies of Major Trading Partners of the United States
円相場、日銀の金融正常化、日本から米国への証券投資などを参照。 - Reuters(2026年8月3日)
How a US-Japan pact to hit yen speculators came together
日米協調介入の経緯、ベッセント財務長官、日米両国の利害などを参照。 - Reuters(2026年8月5日)
Nudge from Bessent firms case for BOJ rate hike in September
協調介入後の米国側の発言と9月利上げ観測について参照。 - Reuters(2026年8月14日)
BOJ eyeing September rate hike, faster pace of tightening, sources say
9月利上げおよび利上げペース加速観測について参照。 - 財務省(2026年7月)
JGB Monthly Newsletter July 2026
日本金利上昇に伴う資金還流への海外投資家の関心について参照。 - Reuters(2026年8月19日)
Treasury Secretary Bessent doubles US long-bond buybacks in the face of surging yields
米国債バイバック拡大と米長期金利について参照。 - Reuters(2026年8月21日)
A date on the calendar could shape the BOJ’s endgame on interest rates
日銀の政策金利到達点に関する市場観測について参照。
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