最近、投資界隈では「金利」「インフレ」「為替」「利回り」といった言葉を目にする機会が増えました。
もちろん、どれも大切なテーマです。
特にJ-REITや高配当株を見ている人にとって、金利の動きは無視できません。
ただ、毎日毎日「金利が上がるぞ」「利回りがどうだ」「リスクプレミアムがどうだ」と言われ続けると、読む側も少し疲れてくるかもしれません。
投資は大事です。
でも、投資は本来、人生を少し楽にするための手段でもあるはずです。
そこで今回は、少し視点を変えて、FIREについて考えてみたいと思います。
ただし、若くして完全リタイアを目指す、いわゆる華やかなFIRE論ではありません。
今回考えたいのは、もっと地味で、もっと現実的で、ある意味ではかなり堅実なリタイア戦略です。
それを、ここでは仮にこう呼んでみます。
FIRL。
Financial Independence, Retire Late。
つまり、
経済的自立を目指しつつ、やや遅めに、無理なくリタイアしていく考え方です。
FIREは魅力的だが、かなり難しい
FIREという言葉には、やはり強い魅力があります。
会社に縛られず、好きな場所で、好きな時間に暮らす。
嫌な仕事をせず、自分の人生を自分で取り戻す。
こう聞くと、誰でも一度くらいは憧れるのではないでしょうか。
実際、投資を始める動機として、FIREを意識する人は少なくありません。
筆者自身も、FIRE後のキャッシュフローをどう作るかを考える中で、J-REITや高配当資産に関心を持つようになりました。
「リタイア後の収入源として、分配金や配当は使えるのか?」
この問いは、J-REIT研究の入口としては、なかなか自然なものだったと思います。
ただ、実際に考え始めると、FIREは思った以上に難しいことがわかります。
単に「資産がいくらあればよい」という話では終わりません。
支出は本当に想定どおりに収まるのか。
相場が悪い年に、資産を取り崩せるのか。
インフレに耐えられるのか。
税金を考慮しているのか。
健康や家族の事情が変わったらどうするのか。
そして、働かなくなった後の生活に、自分は本当に満足できるのか。
FIREは、計算上はシンプルに見えます。
しかし、実際にはかなり複雑な人生設計です。
25倍ルールへの違和感
FIRE論でよく出てくる考え方に、「25倍ルール」があります。
年間生活費の25倍の資産があれば、年4%ずつ取り崩しても長期的に資産が持続しやすい、という考え方です。
たとえば年間生活費が400万円なら、必要資産は1億円。
年4%なら400万円を使える、という計算になります。
考え方の入口としては、とてもわかりやすいです。
ただ、これをそのまま現実のリタイア設計に使うのは、少し怖いと感じます。
なぜなら、現実には税金があります。
インフレもあります。
相場の下落もあります。
為替リスクもあります。
医療費や住居費など、予想外の支出もあります。
そして何より、年4%という数字は、毎年安定して口座に振り込まれる魔法の利息ではありません。
投資リターンは大きくブレます。
ある年は大きく増えるかもしれません。
しかし、ある年は大きく減るかもしれません。
現役時代であれば、相場が悪くても「給料があるから待てる」と考えられます。
しかし、完全リタイア後は違います。
資産が減っているときに生活費のために取り崩す。
これは、理屈以上に心理的な負担が大きいはずです。
「平均では大丈夫」という言葉は、暴落の最中には意外と頼りになりません。
平均値はやさしい顔をしていますが、たまに現実がバールのようなもので殴ってきます。
若いFIREと、遅めのリタイアは別物
ここで重要なのは、年齢によってリタイア戦略の意味が大きく変わることです。
30代、40代前半でFIREする人には、まだ人的資本があります。
仮に資産運用がうまくいかなかったとしても、再就職する、転職する、副業を増やす、事業を始める、といった選択肢が比較的残されています。
もちろん簡単ではありません。
しかし、時間という大きな味方があります。
一方で、50代以降、あるいはそれに近い年齢でリタイアを考える場合は、少し事情が違います。
労働市場に戻る選択肢は、若い頃より狭くなります。
体力や健康の問題も出やすくなります。
親の介護、自分の医療費、家族の事情など、予想外の支出も増えやすくなります。
そして、投資で大きく失敗したときに、時間をかけて取り戻すことが難しくなります。
同じ1億円でも、30代の1億円と、50代・60代に近づいた時点での1億円は、意味が違います。
若い頃の1億円は、まだ攻めに使える余地があります。
しかし、遅めのリタイア世代にとっての1億円は、かなりの部分が「作り直しにくい生活資本」です。
だからこそ、遅めのリタイアでは、リターン最大化よりも、破綻確率を下げることが重要になってくると思います。
FIRLという考え方
そこで出てくるのが、FIRLという考え方です。
Financial Independence, Retire Late。
これは、若くして仕事を辞めることを最優先する考え方ではありません。
むしろ、ある程度の年齢まで働きながら、資産を積み上げ、生活コストを把握し、リタイア後の収入源を整え、無理のないタイミングで仕事との距離を縮めていく発想です。
FIREが「早く自由になること」に重きを置くなら、FIRLは「失敗しにくい自由」に重きを置く考え方かもしれません。
FIREは、会社を辞めるための設計。
FIRLは、辞めたあとに後悔しないための設計。
こう言い換えてもよさそうです。
もちろん、FIRLは派手ではありません。
SNS映えもしにくいでしょう。
「30代で資産1億円、完全リタイアしました」という話に比べれば、見出しのパンチ力は弱いです。
しかし、現実の人生では、派手さよりも継続性のほうが大事な場面があります。
特にリタイア後の生活では、勝つことよりも、退場しないことが重要です。
1億円あっても、全額をリスク資産には置きにくい
たとえば、1億円の資産があるとします。
これだけ聞くと、十分な資産に見えるかもしれません。
しかし、リタイア後の生活資金として考えると、意外と慎重に扱う必要があります。
仮に1億円すべてをリスク資産で運用すれば、期待リターンは高まるかもしれません。
しかし、相場が大きく下がったときの心理的負担はかなり大きくなります。
しかも、リタイア後は毎月の生活費もそこから出ていきます。
個人的には、1億円しかないのであれば、リスク資産で運用できるのは半分程度が限度ではないか、という感覚があります。
もちろん、これは人によって違います。
年金見込み額、家族構成、住居費、健康状態、支出水準、働ける余地によって、適切な比率は変わります。
ただ、遅めのリタイアを考えるなら、資産全体を相場にさらす必要はないと思います。
たとえば、半分をリスク資産に置き、残りを現預金、個人向け国債、低リスク資産、生活防衛資金として確保する。
そのうえで、不足分を軽い労働収入や副業収入で補う。
このほうが、見た目の利回りは下がるかもしれません。
しかし、生活の安定感はかなり高まります。
月10万円の収入は、かなり大きい
リタイア後の設計で、意外と過小評価されがちなのが、少額の労働収入です。
完全に働かないことを理想とするFIRE論では、労働収入は「卒業すべきもの」と見られがちです。
しかし、実際には、月5万円、月10万円の収入があるだけで、資産の持続性は大きく変わります。
たとえば月10万円なら、年間120万円です。
利回り4%で年間120万円を得るには、単純計算で3000万円の元本が必要です。
税金などを考えると、実際にはもう少し多く見ておきたいところです。
つまり、月10万円のゆるい収入には、かなり大きな価値があります。
もちろん、無理な仕事を続ける必要はありません。
大切なのは、嫌な働き方をやめることであって、収入源をすべて捨てることではないはずです。
週に数日だけ働く。
自分の得意分野で小さく稼ぐ。
趣味に近い仕事をする。
情報発信や相談業務など、自分の経験を活かす。
生活リズムを整えるために、あえて軽い仕事を残す。
こうした収入は、単なるお金ではありません。
相場が悪いときに資産を売らなくて済む。
社会との接点が残る。
生活にリズムが生まれる。
孤独を防ぎやすくなる。
そう考えると、少額の労働収入は、金融資産・人的資本・精神衛生を兼ねたハイブリッド資産と言えるかもしれません。
J-REITや高配当資産は「生活の補助輪」として考える
ここで、J-REITや高配当株の話にも少しつながります。
リタイア後の生活を考えると、定期的な分配金や配当は魅力的です。
毎月、あるいは定期的に入ってくるキャッシュフローは、心理的な安心感につながります。
ただし、注意したいのは、J-REITや高配当株だけで生活費をすべてまかなう前提にしないことです。
分配金や配当は、将来も必ず維持されるとは限りません。
投資口価格や株価も変動します。
金利上昇局面では、利回り商品の評価が揺れることもあります。
だからこそ、これらの資産は「生活費をすべて支える柱」というより、まずは「生活の補助輪」として考えるほうが現実的かもしれません。
たとえば、生活費の一部をJ-REITや高配当株のインカムでまかなう。
残りは年金、軽い労働収入、現預金、取り崩しで補う。
このように複数の収入源を組み合わせることで、ひとつの資産やひとつの市場環境に依存しすぎない設計ができます。
リタイア後の資産運用では、「最も高い利回り」を探すことよりも、「複数の逃げ道」を持つことのほうが大切になる場面が多いと思います。
海外移住も、生活費だけで判断しない
FIRE論では、生活費の安い国や地域に移住するという選択肢もよく語られます。
たしかに、生活費を下げることは、資産寿命を延ばす有効な方法です。
支出が下がれば、必要資産額も下がります。
ただし、海外移住は生活費だけで判断するには大きすぎる決断です。
為替リスクがあります。
現地の物価上昇リスクがあります。
医療制度の違いがあります。
ビザや滞在資格の問題があります。
言葉や文化の壁もあります。
そして、日本に戻りたくなったときのコストもあります。
「安く暮らせるから」という理由だけで生活基盤を大きく変えるのは、かなり慎重に考えたほうがよいと思います。
南国の風は心地よいかもしれません。
しかし、為替レートまでは癒やしてくれません。
海外移住を否定するわけではありません。
むしろ、準備を重ねたうえでの移住なら、非常に魅力的な選択肢になり得ます。
ただ、リタイア後の海外移住は、投資でいえば集中投資に近い面があります。
生活費、医療、人間関係、言語、制度、為替。
これらをまとめて変えることになるからです。
特に遅めのリタイアでは、失敗したときに戻るコストも大きくなりがちです。
だからこそ、まずは短期滞在を何度も試す。
現地での実際の生活費を把握する。
医療や住居の選択肢を確認する。
日本に戻る場合のプランも残しておく。
このくらい慎重で、ちょうどよいのかもしれません。
FIRLで大切なのは「戻れる設計」
FIRLで大切なのは、いきなり人生の橋を焼き払わないことです。
完全退職する。
海外に移住する。
リスク資産に大きく寄せる。
生活水準を上げる。
人間関係を一気に変える。
これらを同時に行うと、うまくいったときは大きな自由を感じられるかもしれません。
しかし、少し歯車が狂ったときの修正が難しくなります。
遅めのリタイアでは、失敗を時間で埋めることが難しくなります。
だからこそ、「戻れる設計」が重要です。
仕事を完全に辞める前に、副業や軽い労働収入を試しておく。
住居費を下げる前に、実際にその生活水準で暮らしてみる。
海外移住の前に、数か月単位で滞在してみる。
投資比率を上げる前に、暴落時の生活費を確保しておく。
リタイア後の一日の過ごし方を、退職前から具体的に想像しておく。
リタイアはゴールではありません。
むしろ、そこから生活が始まります。
「会社を辞めたら幸せになる」というより、
「会社を辞めても崩れない生活を先に作っておく」ことが大切なのだと思います。
FIREより地味でも、FIRLは強い
FIRLは、華やかな考え方ではありません。
若くして自由を手に入れる物語ではありません。
一発逆転の投資ストーリーでもありません。
SNSで大きくバズるような、派手な成功譚でもないでしょう。
しかし、実生活にはとても向いています。
資産を作り直しにくい年齢だからこそ、無理をしない。
リスク資産に頼りすぎない。
生活費を現実的に見る。
少額でも収入源を残す。
相場が悪いときに売らされないようにする。
そして、自分の生活に合ったペースで仕事から距離を取る。
これは、かなり堅実なリタイア戦略だと思います。
FIREが「早く燃え上がる自由」だとすれば、FIRLは「長く消えない自由」です。
打ち上げ花火のような派手さはありません。
でも、囲炉裏の火のように、じんわり生活を温めてくれる。
年齢を重ねた人にとって、本当に必要なのは、そういう自由なのかもしれません。
おわりに
リタイアを考えるとき、多くの人は「いくらあれば辞められるか」を考えます。
もちろん、それは重要です。
しかし、本当に大切なのは、
いくらあれば安心して暮らし続けられるか
ではないでしょうか。
そして、その答えは人によって違います。
生活費も違います。
家族構成も違います。
健康状態も違います。
年金見込み額も違います。
投資経験も違います。
働き続けられる仕事の種類も違います。
だから、誰かのFIRE成功談をそのまま自分に当てはめる必要はありません。
むしろ、自分の年齢、自分の資産、自分の性格、自分の生活に合ったリタイア設計を考えることが大切です。
若くして完全リタイアするFIREも、ひとつの選択肢です。
しかし、遅めに、慎重に、失敗しにくく自由へ近づくFIRLも、十分に価値のある選択肢だと思います。
人生後半のリタイア戦略に必要なのは、派手な利回りではなく、案外こういうものかもしれません。
無理をしないこと。 戻れる余地を残すこと。 そして、少しだけ働ける自由を持っておくこと。
完全に働かない自由よりも、
嫌な働き方をしなくてよい自由。
それくらいが、案外いちばん長持ちするのかもしれません。
※本記事は、筆者の個人的な考察を含む読み物です。特定の金融商品や投資行動を推奨するものではありません。実際の資産運用やリタイア判断にあたっては、ご自身の収入、支出、資産状況、年金見込み、税金、健康状態、家族構成などを踏まえ、必要に応じて専門家にもご相談ください。


コメント